「リナさんー。海に行きましょうよ」
そうゼロスがあたしを誘ったのは夏の日差しが照りつける8月。
あたしの肌を焦がす日差しから逃れようと部屋の奥へと身を隠し、ブラインドを3分の1閉めたある宿屋での事だった。
あの夏の出来事を今でもはっきりと覚えている。
それはとても、とてもアツイ一日だったから



sea melody



「……毎回毎回唐突に、あんた何なのよ」
あたしは何故か隣にいる男にいつもの調子で答える。
何時の間にかここにいて、何時の間にか消えてゆく存在。
そんな事が日常になってしまったこの空間。
仲間達と別れ、一人部屋にいる時は殆どこいつが現れるようになったのは最近の事ではない。
その気まぐれにいつしか平常心でいられなくなった自分を隠す為、ゼロスを避けるようになった時期もあったが、それすらもむなしい程にこいつの出現を望むようになっていた。
そんな、日常だったのだ。
いくらおかしい事が続いたとしても、それが続けば日常と呼ぶ。
その方程式に当てはめてもなんら違和感のないこの状況はむしろ心地よいものとなっていた。
日差しが照りつけるのも、子供の笑い声が煩いのも、風が暑さを撒き散らすのも、どうでも良い。
いまここに存在する時間を求めてあたしは毎日を送っていた。
ゼロスが愛しい?
そんな感情ではない。
ただ、居心地が良かったのだ。
ガウリイ達と一緒にいるよりも、盗賊イジメをするよりも、夜疲れと共に眠りに堕ちるよりも、何よりもほっとできる空間。
それをゼロスが提供してくれている。
あたしがゼロスを拒まずにここにいる理由はそんなもんで十分だった。
「だって、暑いんですよー。ちょっとぐらいお仕事休んだっていいじゃないですか」
「よそへ行け」
あたしたちのニチジョウの方程式はこんな感じだった。
ゼロスは何だかんだと最もらしい理由をつけてあたしの所へ来、あたしはつっけんぼな態度で受け流す。
ニチジョウの方程式にはまっている以上、それは珍しい事ではないし、それが普通だ。
この普通に入ってくるものならばこの2人の微妙な関係だって、ゼロスがあたしに寄り添ってくるのだって、全てが普通になってしまう。
そんなこといちいち気にしていなかった。
「…って、こんな事を言いに来たんじゃないんですって。リナさん、行きましょうよ、海」
あたしの身体の右側とゼロスの身体の左側がぴったりとくっつき、ゼロスは2回目の言葉を言う。
その触れた部分からは先ほどゼロスが言ったのとは全く理に叶わなくひんやりとした温度があたしに伝わってきて、当たり前のようなゼロスの言葉の嘘を再確認させられる。
「何でこんなあっつい日に海なんか行かなくちゃなんないのよ。勝手に一人で行ってれば?」
そういい魔道書に目を戻した。
ぼろくさいその魔道書から発せられるカビ臭さより腰に回された大きな手の方が気になり、あたしはゼロスを睨み付けた。
その先にはいつもの笑顔がはりつけられている。
「なんで僕が一人で海なんかに行かなくちゃなんないんです?」
さも当たり前のように言われるその言葉には悪意等は全く込められておらず、あたしがただ単におかしなことを言っているように感じさせられる。
その技法はこれまたいつもの事であり、いつもの展開だった。
「じゃあ行かなければいいでしょ?そんなあたりまえの事言わないでよ」
そんなあたしの言葉はそっと風に流される。
まるで存在しなかったかのように。
何故なら、それはゼロスが望んでいる返事ではないから。
ゼロスが望まない、ただそれだけの理由で大気すら操られてしまいそうな気になる。
彼のその大きな存在感…というより威圧感は、あたしがただ勝手に感じ取っているだけのものなのだろうか。
おじけづいているのではない。
それは「いつも最後には負けてしまう」という自覚の表れだったのだろうか。
結局あたしは首を縦に振ってしまうのだろう。
それはわかっていても、少しは抵抗したかった。
「おや?道理にかなっていない事を仰っているのはリナさんの方ですよ?こんな暑い宿に日陰とはいえこもって、尚且つ微々たる冷気の魔法ばかりにあたって身体だけ冷やして頭は冷やしていない。
じきに倒れますよ。毎日そんな生活しているんですから」
これじゃあ私が負けているのを素直に認めてしまう事になるから。
「………」
いつもだ。いつもなのだ。この論理的とみせかけてただの屁理屈をこねるこの展開。
いくらあたしが自分の口に自信があると言ってもこの目の前の男に敵うのだろうか?
その結果は自分では認めたくないが、歴然としていた。
蒸し暑く感じたくないはずの風がそっとあたしの唇を撫で、慰める。
「…………に」
「……え?」
その声がよく聞こえなかったのか、ゼロスは不意を突かれたように聞き返した。
こんなちょっとの事が勝てた気になって嬉しくなってしまう。
「だからぁ!!食べまくるっていってんの!!うにー、たこー、うなぎー、それから………」
するとゼロスがくすくすくす、と笑った。
「うなぎは海では取れませんよ」


外は予想以上に暑かった。
さっき聞こえた子供の声はまるで幻聴であったかのように辺りに人の姿が見えない。
現在の気温は…34度というところだろうか。
だがそれももうろうとした頭で考えている事だ、あてにはならない。
路には陽炎がでてきていて、どんどんあたしをこの世から離してゆく。
この暑いなか何故かあたしの右手はゼロスと繋がっていて、そこからむんむんと暑苦しさが付きまとうはずだった。
しかしそこからは頭では全く予想していなかった事が起こっている。
ゼロスが手から冷気を送ってくれているのだ。
それだけではない。
あたしの周りをぼんやりと冷たい空気が取り巻いている。
「………このやろう」
今度こそあたしの声は聞こえなかっただろう。
せみの声が命の音を懸命に奏でていたのだから。
その生命の前ではゼロスの闇であっても薄らいでしまうのだろうか。
その冷気はふとそんな事を考える余裕もくれた。

周りの景色がゼロスが合わせてくれているあたしの歩調と共に流れてゆく。
それはこの自然の大きさに比べればないに等しいようなスローペースで。
だが、確実に。
どのくらい歩いたのだろうか。
ゼロスなら瞬間移動だってできるはずなのに、どうしてそれをしないのか。
でも逆にあたしはそれに感謝しなければならないだろうか。
またもゼロスがここに……最高の居場所を与えてくれていた。
何と言えばいいのだろうか…?
これ以上に落ち着く場所はほかにはない。
まるで母なる海に抱かれているようだ。
この手を離したくない、そんな事まで考えてしまう。
そんな手は思いもよらない所へあたしを導いてくれた。
「………どこ?ここ……」
眼下に広がのは見渡す限りの海。
地平線なんて驚くうちに含められない程「すごい」が言葉からあふれでてきそうになる。
その藍さは深く、鮮やかで、あたしを誘い込んだ。
「あのままあの場所にいたらリナさん本当に倒れてしまいますからね。ちょっとだけ涼しいところへ移動させてもらいました」
簡単にそう言ってのけるゼロスをぼんやりと見上げる。
全く気づかなかった。
それ程ぼんやりしていたと言うのか。
今目の前の情景に驚かされっぱなしだったが、ここにまた新たな驚きが増えてしまった。
また「やられた」というなんとも言えない悔しさがこみ上げる。
あたりは人の姿が全く見えない。
かもめの声と波の打ち寄せる音だけがただ延々と聞こえる。
宿屋で聞こえていたものとは明らかに違う、自然の生き生きとした声。
何の心の迷いもなく大空を駆け回るかもめを、あたしはこのとき初めて羨ましいと思った。
「海、せっかくですから入りましょう」
そういい尚もあたしの手をひっぱってゆくこの男の誘いを心のどこかではとても喜んでいるくせして、どこかで「制御をかけなくてはいけないんじゃないか」と迷う思考。
こんな意味のない思考の繰り返しがあらゆる迷いを生んでいた。
もしこれがあたしの中からなくなって、本能の赴くままに行動したのなら、あたしはどうなるのだろうか。
無駄だとわかっていてもゼロスの手を自分のベルトでしばりつけて、密室に閉じ込めて、自分だけのものにしようとするのだろうか?
全くもって自分が腹立たしくなる。
この余計な思考がいらないのだ。
解き放たれたい。
その言葉が頭をかすめたとき、足にひんやりとした感覚を感じ、はっ、と我に返った。

「だめ……やっぱ帰るよ、ゼロス。頭が熱い」
本当にそう思ってのことでもあったが、早くこの場から逃れなければだめだ、という「思考」が働いていた。
人の先の先を読んでいるだけではたりない。更に先を読んで行動しなければ。
そうすれば少しはあたし自身というものを成長させることができるのではないだろうか。
そう思いこれまでやってきたあたしにはこの考え方が根付いてしまっていた。
素直な心なんか出したら物事が上手くいかなくなる。
それならいっそひねくれているくらいの方がいいんだ。
ずっとそう思っていた。
「素直」というものを奥底に封印してしまう事こそ、自分を守る唯一の方法だった。
………だが、だめなんだ。
こいつといるとそれが崩されてしまう。
この感情は……決して「愛しい」なんて感情ではない。
……そうじゃない。……―――だから
「………ぅわっ……!!」
そのとき、あたしの身体が急に宙に浮いた。
あたしの膝の下にはゼロスの手があり、手はゼロスの肩へと回されている。
先ほどより少しだけ強い潮の香りがあたしの鼻をかすめた。
太陽がすぐ近くにある。
ゼロスはいつもの笑みのまま海へと向かった。
「無駄ですよ、逃げようなんて考えたって」
ちょっと前までは足の裏にだけあたっていたと思っていた海の水がどんどんあたしの脚からはいあがってゆく。
それはもう腰の上まできていた。
―――沈められる?!
あたしに微かな緊張がはしる。
その瞬間。
時が止まった。
音が止まった。
空気がとまった。
世界が、止まった。
感じるのは頭までかぶった海の冷たさと、唇にあるやわらかな感触。
そこはとても、とても静かな場所だった。
水面からちらちらと入る太陽の光。
世界を覆う蒼色。
伝わってこない酸素。
そして、潮の味の優しいキス。
そっと離した唇を、ゼロスは「ダイスキデスヨ」と動かした。


季節は巡って、来年もその来年も、更にその来年も、この夏はくるのだろうか。
沢山あるのかもしれない夏という季節。
今年のあたしの夏はあの海の冷たさと潮の香りで飾られている。
この夏が奏でるたった一度の波の声を忘れないように、
あたしは目の前に広がる色鮮やかな夕日を瞳に焼き付けた。
自分の瞳を見ればこの日をすぐに思い出せるように。
その輝きは、この夏がくれた、あたしへの贈り物だから。

あたしをそっと呼ぶ海の声が、聞こえる。



= E N D =






最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
シ……シアです………(滝汗)
よくも顔が出せたものだとお怒りの方もきっと多い事でしょう……
もう何も言えません、ごめんなさい(><)
しかも季節、真夏です
えと、キリリクありがとうございますv平野凪様vvな作品……
石投げられても全く言い返しようがないです(;;)
久々に書いたお話で、なにやら感覚がつかめません。
本当神様はそれ相応の天罰をご用意下さっていたようで;
全くあほです。ごめんなさい〜〜〜;;
HPもこうなったらいじくりまくりたいと思います(笑)
どうもありがとうございましたm(_ _)m

シア